中国EV関税2026 – EU・米国の税率と日本市場への波及NEW
EUは中国製BEVに最大35.3%の相殺関税を課し、米国はEV関税を100%で維持したまま、最高裁判決後に導入した代替関税措置が2026年7月24日に期限を迎える。関税の応酬が続く一方で、BYDの欧州向け輸出台数はむしろ増えている。
結論から言えば、日本市場が今もっとも直接的に受けている打撃は関税ではなく、2026年度から様変わりしたCEV補助金の制度設計だ。
EUが下した確定関税、BYD17%・SAIC35.3%の内訳
欧州委員会(EC)は2023年10月4日、職権で中国製BEVへの反補助金調査を開始した。2024年7月4日に暫定関税(BYD 17.4%、Geely 19.9%、SAIC 37.6%など)を発動し、同年10月29日採択・10月30日前後発効の実施規則「Commission Implementing Regulation (EU) 2024/2754」で確定関税を決定した。措置期間は5年間だ。
確定税率は、EUの通常関税10%に上乗せする形で企業ごとに異なる。BYDが17.0%、Geelyが18.8%、非協力企業にも適用される上限税率としてSAICが35.3%。個別審査を受けたTesla上海は7.8%、Xpeng・NIO・VW安徽など「協力企業」は一律20.7%となった。よく報じられる「BYD計27%」「SAIC計45.3%」といった合計税率は、通常関税10%と相殺関税を単純に足し合わせた二次情報源による近似値であり、ECが公式に発表した数値ではない点に注意したい。
中国はこの措置をWTOに提訴している(確定関税がDS630、暫定関税がDS626)。2025年4月25日にDSBがパネル設置を承認、同年10月13日にパネルが構成され、2026年4月時点で審理期日は延長中だ。並行してBYD・Geely・SAIC(および巻き込まれたBMW・Tesla・Mercedes)は2025年1月にEU一般裁判所へも提訴しており、通常18カ月程度かかる手続きは2026年7月時点でまだ判決が出ていない。
ECは関税一辺倒ではなく、2026年1月12日に代替手段として「最低輸入価格(プライス・アンダーテイキング)」制度のガイダンスを公表し、2月10日にはフォルクスワーゲン安徽(Cupra Tavascan)向けに初適用した。ただしBYD・Geely・SAICなど中国系ブランド自身がこの制度を採用したという確認はまだない。さらに2026年6月中旬には、BEV関税の「抜け穴」として輸出が急増したPHEV(2026年第1四半期で前年比152.4%増、10.6万台)への相殺関税導入が準備中と報じられたが、加盟国の承認待ちで正式な規則は未発効だ。
米国は100%関税を維持、最高裁判決とセクション122の綱引き

米国は2024年5月14日、バイデン政権が通商法301条の4年見直しに基づき中国製EV関税を25%から100%へ引き上げると発表し、2024年9月27日に発効させた。この100%という税率は301条という個別の法的根拠に基づくため、2025年以降の政権交代を経ても維持されている。同時にリチウムイオンEV電池は7.5%から25%、重要鉱物は0%から25%に引き上げられた。
2025年4月には少額免税(デミニミス)の撤廃、同年4月から5月にかけてセクション232に基づく自動車・自動車部品への25%関税も加わり、対中国製品の関税構造は何層にも重なっている。ここに大きな転機が訪れたのが2026年だ。2月20日、連邦最高裁は6対3で、大統領がIEEPA(国際緊急経済権限法)を根拠に関税を課す権限を違憲と判断し、「相互関税」および対中・対メキシコ・対カナダのフェンタニル関連関税を無効化した。ただしこの判決の対象はIEEPA関税に限られ、301条に基づく対中EV100%関税は存続している。
最高裁判決を受け、政権は上限15%・150日間・議会承認なしでは延長できないセクション122(国際収支緊急措置)による代替関税を2026年2月24日に導入した。150日後の失効日は2026年7月24日——本稿執筆の翌日にあたる。後継として約46カ国を対象に12.5%を課す新たな301条関税案が浮上しているが、USTRの公聴会段階でまだ確定していない。「合計税率110%」「112.5%」といった数字がメディアに散見されるが、信頼できる一次情報源では確認できず、変動リスクが高い数値として扱うべきだろう。
「相殺関税」「301条」とは何か——仕組みを噛み砕く
ここで両者の違いを整理しておきたい。EUの相殺関税は「反補助金調査」という手続きに基づく。中国政府がメーカーに与えた土地の優遇価格、政策金融、電池補助金などを個別に積算し、その分だけ関税として上乗せする発想だ。企業ごとに補助金の受け取り方が違うため、BYD・Geely・SAICで税率が異なるのはこのためである。調査には通常1年前後かかり、暫定関税から確定関税へと段階的に移行する。
一方、米国のセクション301は「不公正な貿易慣行への対抗措置」という枠組みで、大統領の裁量が大きく、補助金の積算のような細かい算定を経ずに一律の税率を設定できる。セクション232は「安全保障上の脅威」を理由にした関税で、自動車関税がこれにあたる。セクション122は最も権限が弱く、上限15%・期間150日という制約付きの「一時しのぎ」の措置だ。議会調査局(CRS)のリーガルサイドバーが指摘する通り、最高裁判決はこの制約の弱いセクション122への依存を政権に強いた格好であり、7月24日以降にどの根拠法で関税を継続するかが、対中EV政策の実質的な分水嶺になる。
数字で見る:EUと米国の税率、そして「関税は効いているか」
企業ごとの税率を一覧にすると、EUと米国のアプローチの違いがよく分かる。
| 企業 | EU確定関税(上乗せ分) | 米国(301条) |
|---|---|---|
| BYD | 17.0% | 100% |
| Geely | 18.8% | 100% |
| SAIC | 35.3%(上限税率) | 100% |
| Tesla上海 | 7.8%(個別審査) | 対象外(米国内生産) |
| その他協力企業(Xpeng・NIO・VW安徽等) | 20.7% | — |
注目すべきデータがある。独立系シンクタンクT&E(Transport & Environment)が2026年7月13日に公表した分析によれば、EU域内BEV市場に占める中国製EVのシェアは2024年ピークの22%から2026年第1四半期に17%へ低下した。だがこれは主にTesla・BMW・Volvoなど欧州メーカーが中国からの生産を欧州へ移した結果であり、BYD自体は2023年から2025年にかけてEU向けBEV輸入台数を倍以上に増やしている。関税後もなお約21%の価格優位を維持しているという。関税は市場全体の勢力図こそ動かしたが、BYD一社を止める力にはなっていない。
なぜ現地生産シフトは進まないのか——ハンガリーとトルコの実情

関税回避の本命とされてきたのが欧州現地生産だ。BYDのハンガリー・セゲド工場は2023年12月発表、投資額は最大40億ユーロ、計画生産能力は年30万台(初期は年15万台程度)とされる。2026年1〜2月頃にDolphin Surfの試験生産が始まったが、量産開始時期は「2025年末」から「2026年第4四半期」まで報道によって食い違っており、用地買収を巡る法的紛争も遅延要因として伝えられている。
トルコ・マニサ工場はさらに混乱している。2024年7月にトルコ政府と10億ドル規模・年産15万台・雇用約5000人規模の合意が発表され、2026年1月には「着工開始」と報じられた。ところが同年6月10〜11日の報道では、BYDが同計画を「保留」しハンガリーを最優先にしたと伝えられ、トルコ産業技術省は進捗の欠如を理由に税優遇を停止したと発表している。着工したのかどうか自体が情報源によって真っ向から食い違っている状態だ。
欧州の政策シンクタンクECFRが2026年3月に公表したブリーフは重要な指摘をしている。EUの相殺関税は「原産地」に基づいて課されるため、トルコやモロッコを経由した単純な積み替えや簡易な現地組立だけでは回避できず、EUが定める「実質的変更」基準を満たす必要があるという。EU通商担当委員のシェフチョビッチもモロッコ経由の迂回輸出への懸念を公に表明しており、トルコ計画の停滞は制度がまさに狙い通りに機能している証拠とも読める。Chery(スペイン、Ebroとの合弁)、Leapmotor(Stellantisとの合弁、当初のポーランド拠点は2025年3月末に停止しスペイン・サラゴサへ移管、2026年8月からB10生産予定)、SAIC/MG(スペイン・ガリシア、2027年着工・2028年稼働目標)、長城汽車(GWM、所在地未定・2029年目標)も、いずれも当初計画より慎重なペースで進んでいる。
日本市場は関税ではなく補助金改定で揺れている
ここまでの構図を踏まえると、日本市場への波及を「関税」というキーワードで語るのは的外れだ。日本政府が中国製EVへの関税を検討しているという一次情報は見当たらず、日本の対応は関税ではなくCEV補助金制度の設計変更にとどまっている。
2026年度(令和8年度、4月1日以降)のCEV補助金は「ブランド単位評価」方式に変わり、充電インフラ整備・電池サプライチェーン・サイバーセキュリティなどを加味した結果、BYD全車種が一律15万円まで削減された。旧制度の35万〜45万円から大幅な減額だ。トヨタbZ4X(130万円)やテスラModel 3/Y(127万円、中国製にもかかわらず高額)との差は95万〜115万円規模にのぼり、BYDジャパン社長は日本経済新聞のインタビューで「勝負にならない」と述べている。関税のような国境措置ではなく、国内制度設計によるディスインセンティブという点は見落とされがちだが重要だ。
「EU・米国の関税を理由にBYDが対日輸出を振り向けている」という見方も検証すると裏付けが見当たらない。貿易転換の実例として確認できるのはむしろ「中国から欧州へ」(関税があっても輸入台数が増加)であり、「中国から日本へ」のシフトを示すデータはない。2026年5月には欧州で中国5ブランドの新車販売台数(13.84万台、前年同月比+65%)が日本車6ブランド(13.04万台、同▲3%)を初めて上回ったが、これは欧州側の現象であり日本市場への影響と混同すべきではない。
それでも日本でのBYDの存在感は拡大している。現行ラインナップはSEALION 7・ATTO 3・DOLPHIN・SEALの4BEVとPHEVのSEALION 6で、2026年7月28日には軽EV「RACCO」が税込249万円からとされる価格で発売予定だ(車種比較はBYD全車種の価格・スペック比較を参照)。2025年には2度の価格改定でATTO 3が418万円まで値下げされ、DOLPHINの廉価グレードは299.2万円になった。2026年上半期の販売台数は2,334台、前年同期比+143%と3年連続の伸びを記録し、SEALION 6が1,254台をけん引、輸入車ブランドとして初めてトップ10入りしたと発表している。ATTO 3は2023年6月28日に中国ブランドとして初めて国交省の型式指定を取得しており、後続モデルの投入を後押ししてきた経緯もある。詳しい市場動向は中国EVカテゴリでも随時追っている。
BLADE NOTEの見立て
関税という道具は、少なくともBYDに対しては期待されたほど効いていない。EUの数値がそれを証明している。上乗せ関税を払ってなお約21%の価格優位を維持し、輸入台数は倍増した。逆に効いているのは、EUのルールオブオリジン運用によって「トルコ経由の抜け道」が事実上封じられ、BYD自身がハンガリー一極集中に計画を絞り込まされたことだ。関税率そのものより、原産地規則の執行力の方が実質的な抑止力になっている。この点は、税率の数字だけを追う報道では見落とされやすい。
日本の状況はさらに対照的だ。国境で関税を課さず、国内補助金の設計だけでBYDの実質的な購入コストを95万円以上引き上げた。WTO提訴や外交摩擦を招く関税という手段を使わずに、同等以上の価格差を作り出したことになる。これは巧妙な政策ではあるが、同じ理屈で言えば「補助金の傾斜配分」も一種の非関税障壁であり、EUや米国の関税措置と本質的にどこが違うのかという問いは残る。BYDジャパン社長の「勝負にならない」という発言は、単なる愚痴ではなく、この制度設計への実質的な異議申し立てとして読むべきだろう。
もう一つ見ておきたいのが、セクション122の関税措置が本稿執筆のわずか1日後、2026年7月24日に失効することだ。後継とされる46カ国対象の12.5%案がそのまま301条として成立するのか、それとも別の法的根拠が持ち出されるのか、現時点では読み切れない。ただ一つ確かなのは、301条に基づく対中EV100%関税自体はこの失効とは無関係に存続するという点だ。「米国の対中関税がどうなるか」という報道を追う際は、この二つの関税——恒久的な301条と、期限付きの代替措置——を混同しないことが重要になる。
出典
- Commission Implementing Regulation (EU) 2024/2754(EUR-Lex)
- Federal Register 2024-21217(対中関税引き上げ通知)(米連邦官報)
- CRS Legal Sidebar LSB11398(IEEPA関税違憲判断の解説)(議会調査局)
- Transport & Environment 分析(2026年7月)(T&E)
- WTO紛争解決案件 DS630 / DS626(WTO)
- BYDジャパン公式サイト・プレスリリース(BYD Japan)
- 日本経済新聞 BYDジャパン社長インタビュー(日本経済新聞)
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