理想汽車がセダンを作らない理由 – 中国EV市場の構造論NEW
中国の新エネルギー車市場で、理想汽車(Li Auto)はやや異質な存在感を放っている。販売中の全モデルがSUVかMPVで、セダンが1台もない。創業者でCEOの李想(リー・シャン)氏が5月6日、その理由をWeibo上で説明した。
「セダンを作りたくないのではない。作れば必ず空間と快適性を犠牲にする。それは『家』を追求する我々の理念と矛盾する」——李氏はそう投稿した上で、車高を上げて室内空間を確保すればプロポーションとスタンスが崩れる、と続けた。
「家」を中心に据える設計思想と構造の壁
理想汽車の現行ラインナップは、レンジエクステンダーEV(EREV)のL6、L7、L8、L9、そしてバッテリーEV(BEV)のi6、i8、Mega。MegaがMPV、それ以外はすべてSUVだ。創業以来、同社は「家族の移動空間」をブランドの核に据え、後席の広さ、サードロウへのアクセス、大画面インフォテインメントを徹底的に磨き込んできた。
李氏は今回の投稿で、理想汽車のデザイン哲学を「完璧なプロポーションとスタンスの追求」と定義した。プロポーションとスタンスが車のキャラクターの大半を決める、というのが持論だ。BEV時代のセダンでこれを実現するのは、技術的にも商業的にも難しい——本人の表現は穏やかだが、要するにそういう主張になる。
背景にはBEV特有の構造的な制約がある。床下にバッテリーパックを敷き詰めるBEVは、内燃機関車に比べてフロアが厚くなる。SUVなら車高そのものが高いためヒップポイントを上げても室内に余裕が残るが、セダンでは天井までの距離が削られ、頭上空間か乗車姿勢のいずれかを犠牲にせざるを得ない。
業界はこの問題を回避するために、ルーフラインを後方へ滑らかに落とす「クーペ風セダン」を主流化させてきた。Tesla Model 3、BYD Han、Xpeng P7、NIO ET5——いずれも空力とデザインを両立させる答えとしてこの形に行き着いている。だがその引き換えとして、後席頭上空間と乗降性は損なわれる。理想汽車が後席ファミリーユース最優先の路線を堅持する限り、この妥協は受け入れがたい。
SUV/MPV偏重を生む中国市場の構造
李氏の判断は、中国市場の販売構造にも裏打ちされている。乗用車流通協会(CPCA)の集計を参照すると、2025年の新エネルギー乗用車(NEV)販売はSUVが約45%、セダンが約42%、MPVが13%前後で推移している。一見セダンも健闘しているように映るが、価格帯別で見ると20万元以上のプレミアム層はSUVが過半を占め、セダンは中低価格帯への依存度が高い。
理由は複合的だ。中国の都市部では「祖父母+両親+子」の3世代乗車が日常的で、後席3人乗車と荷室を両立できる車両が好まれる。週末のレジャーや遠距離帰省を1台でこなす多目的ユースでも、SUVの汎用性は強い。結果としてプレミアムBEVセダンは、法人需要、若年層シングル、伝統的なエグゼクティブ層に偏る構造になっている。
BYD Han、NIO ET7、Xpeng P7+などプレミアムBEVセダンの主要モデルは奮闘してはいる。しかし月販ボリュームでは、同価格帯のSUVに常に水をあけられる構図が定着した。理想汽車のi8(BEV SUV)が発売初月から堅調な数字を出した一方、同セグメントのBEVセダンは伸び悩んでいる——この対比が、セダン回避という経営判断を内側から正当化している。
3,000億元に届くまではセダンを作らない
もっとも、理想汽車がセダンを永久に作らないと宣言したわけではない。李氏は2025年5月の決算説明会で、「現行のEREV SUVとBEVラインだけで年間売上3,000億元(約439億ドル)規模まで到達できる」と語り、「そこに届いてから、市場の実需を見てセダン投入を判断する」と述べていた。
3,000億元は同社の2024年売上1,445億元の約2倍に相当する。BYDの2024年売上7,771億元には届かないが、達成すれば中国EVメーカーとしてはトップクラスの規模となる。参入の閾値をここまで高く設定したのは、限られた開発リソースを既存ラインの拡充に集中させるためでもある。技術部門の視点で見ても、SUV/MPV向けに最適化されたプラットフォーム、サプライチェーン、車内パッケージングを横展開するほうが、ゼロからセダン用に組み直すより合理性が高い。
5月15日のL9 Livis、自社製M100チップを初投入
その「既存ラインの拡充」を象徴するのが、5月15日に正式発売される新型L9 Livisだ。4月24日に北京モーターショーでデビューし、同日からプリオーダーを開始。事前販売価格は55万9,800元(約820万円)に設定された。
L9 Livisが業界の注目を集める最大の理由は、ハードウェアにある。本車は理想汽車が自社開発した5nmプロセスの「M100」スマート運転チップを2基搭載する初のモデルとなる。総演算能力は2,560 TOPSで、現在主流のNvidia Thor-Uを大きく上回る水準だ。中国EVメーカーが自社設計の運転支援SoCで2,000 TOPS超を実装するのは異例で、ローカル半導体設計の到達点を示す事例になる。
動力系は72.7kWhのバッテリーパックを積み、CLTC航続は420km。5C急速充電に対応し、満タン+満充電時の総合航続は1,500kmを超える。EREVの強みである「電池切れを気にせず長距離を走れる」価値を、最新世代のチップと急速充電が底上げする設計だ。
4月の納車台数は34,085台。前年同月の33,939台から微増にとどまったが、3月の41,053台からは約17%減とペースを落としている。同じ5月15日にはNIOのサブブランドOnvoが大型5人乗りBEV SUV「L80」を投入予定で、プレミアムSUV市場の競争はさらに激しくなる。L9 Livisの実販売価格と初動の数字が、理想汽車の「セダンを作らない」戦略を裏付けるか、答えは数週間後に出そろう。
出典
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